2012年10月24日水曜日

296)バラバラになる不安と恐怖

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「バラバラになる不安と恐怖」 について書きたいと思います。
何かが一つにまとまらない状態を「バラバラ」と言います。
辞書の中にも
『一体であるべきものが離れ離れになったり、統一されていなかったりするさま』
とあります。
この中の『一体であるべきもの』というフレーズに注目したいと思います。
何を言いたいかというと
『一体』の前提として『バラバラ』があるということです。

これを『私』に置き換えて考えてみましょう。
ここで、ラカンの『鏡像段階論』を思い浮かべてください。
私というまとまりを持った存在は、
「他者」という鏡(像&語り)によって構成されることを思い出していただけたでしょうか。

ここから考えると逆に
『私』という存在は『バラバラ』を前提としているという視点です。
つまり
『私』というまとまりは、常に『バラバラ』になるかもしれない不安や恐れを持っている、
そのように考えられるということです。
『私』は間違いなく、一人の存在であることを確認せずにはいられない。
それがなくなると『バラバラ』になるかもしれない。
そんな不安や恐れから
人は鏡に自分の姿を映さずにはいられない。

それが、例えば
常に鏡を携帯し、取り出して眺める
歩きながらショーウィンドーに映った自分の姿をチェックする
誰かに自分のことを注目してもらいたがる
自分のことを聞きたがる
人の目が気になるetc
このような行為へと人を駆り立てるのではないでしょうか。

この観点から、バラバラ殺人なども
自分がバラバラであることの行為化では?
とも考えられると思うのです。
長くなりましたが、
人は自分がバラバラになるかもしれない不安と恐れを抱いている、
だからこそ、自分を確認せずにはいられない、
その不安と恐怖から逃れるために鏡を必要とする、
『バラバラ』は『一体』とまさしく表裏一体であるとの観点から考えてみました。
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